機長の意思決定(リスクアセスメント)を深掘りしてみよう   その1 ベイズ統計とは

 機長に昇格するときに重要視されるのが、意思決定のプロセスとその結果です。
一昔前は結果だけが重視されて、プロセスはあまり問われなかった風潮があります。
いわゆる、あうんの呼吸で結論を見いだし、黙って実行出来れば良い。
美しい侍のような姿でありますが、現代に求められるパイロット像からはかけ離れています。

 現代で重要視されるのは結果よりプロセスです。
導かれた結果が少しズレていても、そのプロセスが正しければ良しとされる、そのような機長養成訓練が行われています。
このプロセスについてはいつの日にか後述するといたしまして、ここでは統計と確率の概念を参考にしながら、意思決定の方法について考えてみたいと思います。

 統計も確率も筆者にとっては雲を掴むような話で、学生時代から苦手でしたが、飛行機を長い間運航して不安全要素と真っ正面から向き合った経験が蓄積されてからは「何だこういうことだったのか」と徐々に理解できるようになってきました。
 分かり易い例として、運航中のランウェイチェンジ(滑走路変更)を取り上げてみます。
これは、ある確率で発生します。また、条件(気象、混雑、空港など)によってその確率は異なります。
どういうときに滑走路変更が起きるのかは、統計で明らかにもなりますが、経験が蓄積されたパイロットは、統計値を見なくても現在その確率が高いか、低いかを過去の経験に照らし合わせながら、広い視野の状況認識によって推測できるようになってきます。
 もう一つの例は、タービュランスへの対応です。
旅客機の運航中のシートベルトサインをいつ点灯するか、いつ消灯するかは悩みの種です。
どのくらいの揺れになったら点灯するか?
これを深く考えますと、ある大きさの揺れのリスクを状況に応じてどのように見積もるかという課題とも言えるでしょう。
巡航中、ごくちょっとでも揺れたらシートベルトサインをすかさず点灯する機長はいません。
ある程度の強さに揺れに遭遇したか、もしくは遭遇すると予測してからシートベルトサインを点灯するはずです。
タービュランスによる怪我を防ぐ対応について、この辺の判断がとても難しく、機長になるときに必ず悩む点でもあります。

航空機を運航するとき、必ず危険が伴います。
つまり、運航すれば、必ずある確率をもって事故やインシデントに遭遇するのです。
絶対安全という言葉を100%安全という意味と同義と考えますと、それはあり得ません。
従って、機長は常に危険に陥る確率を察知するように努力していて、その値が上昇して許容できないと認めたらすぐに解決策を講じて、より安全な方向に戻す行動を起こします。
いわゆる Threat and Error managementと呼ばれるものですが、その中の意思決定が重要になってきます。

少し前置きが長くなりましたが、ここでは
「楽しみながら学ぶベイズ統計」という本を参考に、機長の意思決定の中のリスクアセスメント(リスク評価)をモデル化してみたいと思います。
機長養成中の方、もうすぐの方、あるいは既に機長の方にも納得して頂ける内容になるよう、心がけます。


2つの統計とは 頻度論 vs  ベイス

 統計や確率のイメージとしては、コイン投げやサイコロ投げが一般的でしょう。
コインやサイコロを何度も何度も放り投げて検証するあの考え方ですが、パイロットが直面する事象を解決するにあたって、この考え(同じ状況を何度も想定して考える)はいかがでしょうか?
例えば100年間も機長を勤めた方ならまだしも、多くの場合はあまり経験が無い中で、結論を出す必要に迫られます。
機長の意思決定によく当てはまるものは上記の考え(頻度論的方法)ではなく、ベイズ的方法であると筆者は考えます。
 では一体ベイズ的方法とは何か?
この方法は不確実な事柄に対する推論を行うという点が特徴的です。

 冒頭に取り上げたランウェイチェンジのケースを考えてみましょう。
不確実な事柄とは、ランウエイが変更されるか否かという事に相当し、推論とはその確率を推測するということに当てはまります。
ベイズ的な方法は、経験を元に最初にある程度の確率を考えておき、それに入手した一つ一つの情報(風向、風速、時刻など)から次々に確率をアップデートして(ベイズ更新)最終的に自らの信念としての確率:例えば30%を導き出すのです。
最初に自分の考えで最初の確率を設定して良いということと、更新(リバイス)をするという点がいかにも人間臭く、受け入れやすい考え方なのです。

一方、頻度論的な方法は、現在の空港周辺の状況と全く同じ状況を過去のデーターベースから調べだして、100回中30回ランウェイチェンジ(滑走路の変更)があったので確率30%であると考えます。
飛行しているパイロットにとって、そのようなことは不可能ですね。

冒頭で紹介したプロセスのお話しは、「ベイズ更新」に当てはまります。
つまり、どこから情報を入手して、その情報を元にどのように推論して確率をアップデートするのか。
その手法が機長に昇格するときに問われるのではないかと考えます。

このお話はかなり深いテーマであります。
どこまで深掘りできるかは、今後進めてみないとわかりませんが、良書を参考に解説を進めていきたいと思います。