スティープターン(急旋回)をアイトラッキングの見地から科学する

パイロット訓練のエアワークで必ず行われるのが、今回取り上げるテーマ:スティープターン(急旋回)です。
分かり易く紹介しますと、通常より大きい傾きで高度を一定に保ちながら左右に旋回する飛行です。
一般的に傾き(バンク角)は30度を最大にするのが基本ですが、この科目では通常45度または60度を維持します。
そのためスティープターン中は大きめのバンク角によって失われる揚力を確保する事が難しく、しかも比較的短時間で大きい動きが大きいため、正確に飛行するためには操作も困難です。

スティープターンをきっちり行う為には以下の点がポイントになります。
 〇シュミュレーターでは
   適切なスキャン(計器を見てその値を読み取ること)
   先を読んだ適切な操縦(ズレの傾向を早めに察知して早めに修正すること)
 〇実機飛行では上記に加えて
   高度を損失するときのGの減少を感じ取ること。

ここまでがごく一般的なお話しでした。。
次に最新の観測機器やデータサイエンスの技術を使って操縦のノウハウを探ってみましょう。

最初にスティープターン(北を向いている状態から左回り、真南で切り返し)を時間の流れから5つに分けて考えてみます。バンク角によって5つに分けてみます。

フェーズバンク角磁方位操縦の意味合い
1水平から左45度にロールイン360度から330度位まで一定のバンク角変化(角速度)を保ちながら45度までバンクを増加
2左45度を保つ330度位から210度位までバンク角を保ちながら高度、速度を維持
3左45度から右45度に切り返す210度位から180度、再び210度適切なタイミングから左バンク角を戻し始めて、水平になった時に磁方位が180度になるようにエルロンを操作、そのまま右45度バンクに入れる
4右45度を保つ210度位から330度位までバンク角を保ちながら高度、速度を維持
5右45度から水平にロールアウト330度位から360度まで一定のバンク角変化(角速度)を保ちながら水平までバンクを戻す

このように操縦も5つのフェーズに分けて考えて目的意識を持って行うと、精度良く操縦が出来そうです。操縦は根性論だけではうまく行かないものです。
各フェーズの目的を達成するためにどうすればいいか、理論的に考えてみましょう。

フェーズ1
 最初に操縦の要領を示します。
 横の運動
適切なロールレート(バンク角の変化量)を保ちながらバンク角を増やして45度に達したら保持する。
 縦の運動
鉛直方向の揚力が減少するのでピッチを上げて確保する。操縦桿にかける力はバンク角が25°を超えるあたりから急に増加する。
 前後の運動
抗力の増加に伴って速度が減少するのでスラストの増加が必要。

上記のように操縦するためには一体どのようにすればいいのでしょうか?
操縦を上手にこなすためには飛行計器から一瞬で飛行機の状態を読み取って操縦桿やパワーレバーによる修正を行わなければなりません。

計器のスキャン → ズレの認識 → 修正 → 計器のスキャン → ズレの認識 → 修正

このような作業を延々と行いますが、きっかけは計器のスキャンです。
スキャンは計器を次々にチラッと見てその値を読む技術です。
この科目のように忙しいマニューバーでは、同時に全ての計器をチラ見して読む事ができればいいのですが、人間の目の構造から考えても残念ながら不可能です。
したがって、優先順位をつけて、適切なタイミングで適切な計器を順次スキャンする技術が不可欠になります。
理想的なスキャンはどう行うべきか、現実にはどうなっているのか?
興味が尽きません。

桜美林大学 航空・マネジメント学群所有 DA42 FTDにて筆者操縦時のスキャン

 その為にアイトラッキングの研究を行っています。
上の写真はモーション無しのシミュレーターで筆者がスティープターンを開始したところです。
飛行計器(G-1000)上に小さい赤いが示されていますが、この瞬間に私が見ていた場所です。
測定には最新の測定機材が必要ですが、多くの事実が判明してきました。
この点は、時期を見計らって紹介いたしましょう。

さて、FTDの映像ではわかりにくいため、X-Planeの映像に切り替えてスキャンの要領を説明します。
下記はバンク角が20度の状況です。
図にマークした①~③が優先的にスキャンすべき計器であると考えます。
繰り返しますが、これはフェーズ1に限ったお話しです。
 特にバンク角を指示する③のスカイポインターはロールイン初期には見る必要が無く、その代わりに①のピッチ角を注視する必要があると思います。
また、抗力の増加に伴って速度が減るためスラストを増加しますが、これはロールイン開始もしくは少し前に予め行うとスキャンが楽になります。
さて、ピッチ角が妥当であるか否かは②の高度計や昇降計から判明します。

特に現在のピッチ角が妥当であるか否かは昇降計に瞬時に現れます。

上図は拡大したものですが、やや上がってしまった高度を修正するためにピッチを0度まで下げています。それが妥当であるか否かは昇降計が指示している値:-136fpmによって判定できます。
5040フィートを5000フィートまで修正するためには40フィートの降下が必要で、これを-136fpm(フィート毎分)で割ると、40/136*60=18秒後に5000フィートに戻る計算になります。
18秒後が遅いと思う場合はもう少しピッチを下げて降下率を大きくしなければなりません。
ただしこのような計算は瞬間的には行う事が出来ない為、修正に必要な適切な上昇、降下率は前もって計算しておく必要がありそうです。

ちなみに縦方向の計器が指示する値の影響の順番は
ピッチ → 昇降計 → 高度 です
ピッチの影響は昇降計にすぐ現れ、最後に高度変化になって現れます。
したがって高度計を見ながらピッチを操作するのは後手後手になるために得策ではありません。(この点は初心者に共通して見られる傾向です)
荒い操縦になってしまい、Attitude Flightという重要な概念から遠く離れた操縦になってしまいます。

話題がそれましたが、スキャンには優先順位を持たせることが肝心であると考えます。
更に正確に書きますと、計器毎のスキャンの頻度、合計時間、順番が重要です。


ただし多くの計器のスキャンで何を優先すべきかという点については古くから一致した見解があります。何を最も優先すべきか、それはピッチです。
ピッチを開始点とした理想的なスキャンの方法が教えられてきました。

このイラストを見ると疑問に思われる方が多いと思います。
このようにピッチに戻って来るスキャンが良さそうだけど、その順番は決められているのだろうか?
常にこのようにスキャンをしなければいけないのだろうか?
筆者も飛行機で飛び始めた頃、同じように疑問に思いました。
当然ながら理想的なスキャンを具体的に教えてくれる教官はいませんでした。
「火の出るようなスキャン」「電光石火のような」などと表現はされましたが。

それから20年以上経って自分の中で明らかになった事実は、常に一定の順番でスキャンをしているわけではないという事です。
この点はパイロットの方でしたらうなづいていただけると思います。
ではどのようにスキャンをしているのか?
飛行機の状況に応じて最適なスキャンを行なっているというのが無難な説明にあたることでしょう。


ではスティープターンでの最適なスキャンは?最適ではないスキャンは?
これを明らかにするのはかなり難しいものです。
しかし1つだけ方法があります。
FTDにおいて筆者が操縦したスキャンと、学生が操縦したスキャンを比較する事です。
筆者のスキャンは最適には遠く及ばないとは思いますが、少なくとも多くの学生よりはBetterでしょう。


今後もう少し詳しくスティープターンのスキャンを紹介することにいたします。

参考までに本場アメリカの一般的なスキャンに関する情報を下記に紹介します。
英語ですが、とても参考になります。

https://mycfibook.com/lesson-plans/basic-instrument-maneuvers/